2010年9月29日水曜日

ブログ開設1周年

このブログを始めたのが昨年の9月30日ですから、ちょうど一年になります。
会長になって4ヶ月経って、なかなか会員の皆さんに考え方をお伝えする機会が無いと思い、一つの手段として始めたものでした。

もともと私は「ブログを書くヤツの気が知れない」と思っていた人間なので、自分でどこまで書けるか不安でした。特技が三日坊主ですし。
最初は週に2本程度書けたら良いなって思って始めましたが、実際やってみると自分で思ったより書けるものです。昨日までで339本/365日書いたんですね。その間に、皆さんに見て戴いた回数は、のべ104,900回です。最近では、毎日のべ300人〜400人程に見て戴いています。
この数は、宮城会の会員数を超えていますね。

主に宮城会員とのコミュニケーションの為に書き始めたのですが、今では全国の土地家屋調査士の皆さんに読んで戴いているようで、会議等で他所に行くと「いつも読んでいます」って言われる事が多くなりました。恐縮ですが、それはそれで嬉しい思いです。

メールで感想や質問を戴く事も徐々に増えています。
即日は無理な事も有りますが、必ずお返事するようにしています。

このブログは、もう少し続けてみます。感想や意見があれば是非メールをください。
また、ネットだけでなく、見かけたら声もかけてください。

会員の皆さんと土地家屋調査士会とは、もっともっと会話をしなければならないと思います。
このブログでは無理な話題も有ります。そのような話は直接話をしたいと思います。

私たちの未来について皆で語り合って、一緒に進みたいと心から願っています。


2010年9月28日火曜日

王子さまと長ぐつをはいたネコ

今年は土地家屋調査士制度制定60周年記念の年、そして不動産表示登記制度50周年記念の年です。その記念事業として企画しているのが、「長靴をはいた猫」の後日談の演劇ですと以前のブログでお知らせしました。
今日もその準備会議が有りました。
中身が少しずつ具体的になってきました。

これは仙台法務局と共催で企画しています。
本番は11月7日(日)の午後三時から若林文化センターで開催します。
タイトルは「王子さまと長ぐつをはいたネコ」で「親子で学ぼう!!皆さんの大切な土地の境目(仮)」という謳い文句で進めています。
第一部「演劇 王子さまと長ぐつをはいたネコ」
第二部「法務局と調査士さんのお仕事」

演劇は名古屋のプロにお願いしています。
今、台本を詰めています。
土地家屋調査士会からもと演劇部の舟山相談役にもスタッフに入ってもらっています。
また第二部には、宮城会の土地家屋調査士が一人舞台に出る予定です。
誰でしょうか。楽しみにしてください。

午後一時から若林文化センターの別室を使って、測量機器を使ったゲームを企画しています。
これは演劇を待つ子供達対象に、測量機器や測量に興味を持ってもらう企画です。
この手の子供相手の企画には欠かせない相澤相談役がいろいろ考えてくれています。

これを統括するのは周年事業実行委員長の古積副会長です。他に菅澤広報部長もスタッフの一人に入っています。

楽しい企画になりそうです。

大きな「ねぷた」は後から出る

本日は秋田のホテルからブログを書いています。
昨日(27日)は秋田会のADRセンター設立の記念式典がありました。
その設立の記念講演と祝賀会に出席する為に秋田に来ていました。
秋田のADRセンターの名前は「秋田境界ADR相談室」と言います。
「相談室」という名前も良いなと思いました。
これで東北は6県全て揃いました。

この東北で最後に出来たADRについて「遅かった」ということをネタに挨拶が続きました。
もちろんジョークとしてですが。
その中で青森の小林名誉会長から「大きな『ねぷた』は後から出る」という表現の挨拶が有りました。
青森のねぶた祭、弘前ではねぷた祭ですね。その祭でねぷたが次々と出てくるのですが、最初は小さなねぷたが出て、大きなねぷたは後から出るということだそうです。
そういう言い方が有るのですね。良い言葉です。

私は全国のADRセンターについて「あまり取扱い件数を意識しないで良い」という考え方をしています。
「近くにADRセンターが出来たら嬉しいでしょ。」と言ってます。
実際、境界のトラブルが有ったときに、いつでも相談できるADRセンターが地元に出来たら安心でしょう。
今トラブルのない人にとっても、何か有ったときの選択肢が有るのですから、絶対良い事です。

これは健康な方々が住んでいる地域に病院が出来たことと同じだと考えています。
何か有ったときに駆け込む病院が有りながら、その病院が暇なことが本当は理想的なのですから。

さて、今から東北ブロックの理事会です。
遅刻しないように行って来ます。

2010年9月26日日曜日

つったい鳥そば

今日は本当に久しぶりに妻とドライブをしました。
このところ、休日でもなかなか一日休める事は無く、妻と一緒に動くのは久しぶりです。

目的地は山形県東根市の「一寸亭(ちょっとてい)支店」です。15年ほど前から通っています。と言っても、ここのところは年に1、2度ですが。
モンテディオ山形とのアウェイ戦の際には、先に立ち寄ってから「みちのくダービー」に参戦する事が多かったですね。

一寸亭では、「冷たい鳥そば」を食べます。ちなみに「冷たい」は「つったい」と読みます。冬でもある冷たいメニューで、鳥の冷たいスープに入ったそばです。
これが絶品です。温かい鳥そばもメニューに有るのですが、冬でも冷たい方を注文します。
鳥の出汁がしっかり出ていて、しかも冷たいのに、まったく油が浮いてない透明の汁で、本当に美味いです。ネギが大量に盛っていて、これも美味しく煮てあります。ネギ好きの夫婦には、たまりません。

この一品は、仙台から行く価値があると思うのです。

このような冷たいスープに入った蕎麦は、山形以外無いでしょう。
そう言えば、冷やしラーメン(冷たいスープに入ったラーメンで冷やし中華ではない)や、冷やしシャンプー(キンキンに冷やしたシャンプー)も山形ですね。
オリジナリティの有る県です。山形は「みちのくダービー」の敵ですが、侮れません。
(あの冷やしシャンプーというものも一度体験したいと思っているうちに、夏が終わってしまいました。猛暑には最高に気持良いでしょうね。)

私のブログでは封印していた食べ物ネタを、つい書きたくなったほど美味い蕎麦でした。

インクの熟成とブレンド

昨日万年筆のインクについて書きましたが、ちょっと補足を。

基本的に万年筆のインクは化学物質ですから、万年筆と同じメーカーのインクを使う事が前提で、それ以外のメーカーのインクを使う事はタブーとされていました。万年筆の為には良くないようです。もし他のメーカーのインクを使用して不具合が生じた場合、保証外になる可能性もありますので、私のようにいろいろ使う時は、あくまでも自己責任です。

もちろん、同じメーカーのインクであってもインクを入れる時は、その度に内部をしっかり洗って、残ったインクと新しいインクが混ざらないように注意する事は基本です。

そんな事を言っても、いろいろ試したいのが万年筆の楽しみです。
私の万年筆の中に、常に実験に用いられる万年筆が決まっています。可哀想に。

私の先輩から指導を受けたのは、「インクの熟成」という技です。
インクの壜の蓋を開けて、ホコリが入らないようにガーゼ等で塞ぎ、時間をかけて蒸発させ、濃度を調整するのです。深い色合いが徐々に出てきます。その頃合いが面白いのですが。

「インクをブレンド」する技も有ります。
これも基本的に同じメーカーのものです。
あまり巧くいきません。絵の具を混ぜるのと違い、あくまでも万年筆のインクですので、ほんの少量ずつ調整しているから難しいのでしょうね。

インクで遊んでいた当時は、インクをいじるのが楽しくて、万年筆で文字を書く暇がなかったくらいです。

もちろん、熟成もブレンドも、完全に自己責任です。
良い子は真似しないように。

2010年9月25日土曜日

緑のインクで

緑の〜インクで〜手紙を〜書〜けば〜♫
新入会員は知らない歌でしょうか。

皆さん、万年筆のインクを意識して選んでますか?
その前に筆記具として万年筆を選んでないかな。

私、万年筆では緑系のインクを好んで使っています。
各社、微妙に色合いが違うんです。
私はいろいろ使ってみましたが、結局一番初めに使ったペリカンのグリーンに落ちついています。
もちろん手紙には使用していませんが。

万年筆と言えば、やはりブルー系のインクが定番ですね。
ボールペンでは出せない透明感のある美しい発色が有ります。

最近は日本でもたくさんの色のインクが手に入るようになりました。

ペリカンのインクだけでも
ブルーブラック・ブラック・ロイヤルブルー・ターコイズ・グリーン・ブラウン・バイオレット・レッド。
モンブランも同じようなラインナップです。

日本のメーカーは名前の付け方に趣が有ります。
以下パイロットの色彩雫(いろしずく)ブランドのラインナップです。
アサガオ・アジサイ・ツユクサ・コンペキ・ツキヨ・クジャク・ショウロ・シンリョク・キリサメ・フユショウグン・ツツジ・モミジ・ヤマブドウ・ユウヤケ・フユガキ・ツクシ・ヤマグリ。
機会が有ったら実物を見てください。なんか楽しいですよ。

私、黒はセーラーの極黒(きわぐろ)を使っています。
最近、パイロットの土筆という茶系の色も気に入っています。
赤系はモンブランのボルドーでしたが、パイロットの冬柿も使ってみたいですね。

文具屋さんに行ってインクを変えてみませんか。
手紙にも気の利いた文章が出てきますし、嫌でもやらなければならない仕事でも、少し気分が変わりますよ。

2010年9月23日木曜日

技術的にできそうもない依頼はどうしますか?

日本建築士会連合会の会報「建築士」の8月号の中に大変面白い記事が有りました。速水清孝氏の連載講座「還暦を迎える建築士法」の「第10回:誰を建築士とするか」です。

その中で、建築士の選考考査問題で最終問題に次のような問題がでたことを紹介していました。

<問>
あなたがある一級建築士事務所の管理者であつたとする。
もし或る人が或る建築物の設計を依頼したときに、
それがあなたの事務所の技術的能力からみて到底出来そう
ないものであったならば、あなたはどの処置をとるか


1.あなたの知っている他の有能な建築士を紹介する
2.引き受けた後知り合いの有能な建築士にやってもらう
3.引き受けて設計をまとめ上げた後、他の有能な建築士にやってもらう
4.不明な点は建築主事に相談し、建築基準法に完全に適合するように注意して設計する
5.責任をもつて引き受け、大いに勉強して完遂に努力する

大変面白い問題です。
残念ながら、この記事に回答は載っていませんでした。
しかし、この記事の中に、このようなヒントが添えてありました。

この問題を作った前川さんは言う。
「建築士というのは全ての建築を扱えるものではなく、自分の能力を客観的に評価できて、その範囲で技術能力を発揮できる者であることがふさわしい」と考えての出題であった。


土地家屋調査士のあなたは、どれを選びますか?
このような出題ができる建築士試験を羨ましく思いました。

2010年9月22日水曜日

改正・仙台法務局不動産表示登記事務取扱要領

「仙台法務局不動産表示登記事務取扱要領」が変わりました。

今回の改正は、事件毎に登記官が実地調査に行くか省略するかの判断基準と、その際の法務局職員の為の様式の変更等がメインです。法務局内部のための整理が主目的だとおっしゃってました。

それでも、その判断基準は当然に私達の申請の基準にもなります。
また細かい変更も有ります。
例えば細かい話ですが、屋根構造で、光発電のソーラーパネルが屋根と一体となっている構造の場合は、従来「ガラス板ぶき」などの取扱でしたが、「ソーラーパネルぶき」と表現が変わりました。

仙台法務局では、すでに運用を始めているとの事でしたが、土地家屋調査士会では新たな最終資料を戴いたのは本日ですので、これから皆さんに配布致します。
ですから、その周知の期間は弾力的な運用をお願いして来ました。

ただし、今年度中に、地図情報システムの関係で、要領が再度変更する予定が有るそうです。
土地家屋調査士会としても当然印刷するつもりでしたが、年度内に二度印刷する事が、経済上または周知上、如何なものかと考えています。
どちらにしても、申請に影響が有るので、何らかの方法で配布が必要なことは事実です。
なるべく早く動きます。皆さんも配布されたら、早めに目を通してください。

会員の皆さん全員が、メール配信に対応ができるか、ホームページで閲覧またはダウンロード等の対応ができれば、本当に会費が節約できて、即日周知できるのですけれどね。

ボロ物件でも高利回り 激安アパート経営

「ボロ物件でも高利回り 激安アパート経営―入居率95%を誇る非常識なノウハウ」(ダイヤモンド社)

元ハリウッド俳優の加藤ひろゆき氏の書いた本当に「微妙な」本です。
この人の不動産投資のスタンスとそのノウハウを書いた本です。
この本はもう発刊はされていないのですが、同じテーマで他にも2冊出ているようです。

不動産投資に多くの資金は不要だと言って、20万円の貸家や200万円台のアパートなどの話が出てきます。ほとんど流通しそうもない不動産を「鬼のような指し値」で買い叩くのだそうです。
それを自分でペンキを塗ったりしてコストをかけずにリフォームし、安く貸すとのこと。元が安いので大きな利回りとなるという話です。
まあ、言ってしまえばそれだけですが、駅から遠いとか、地方の物件とか人気の無さそうな物件を選ぶという考え方は、聞けばよく理解できますが、この発想と実践はなかなかできません。
また、「アパートの住人の一人に、安く貸す条件で、アパートの廻りの雑草取りをしてもらう。」とか、この本には細かいアイディアが散りばめられています。

この人のライフスタイルにも強烈なメッセージがあります。
「投資するお金がないという人に限って、新築の自宅に住み、200万円くらいの中途半端な車を乗り継いでいる。そんなことでは、いつまで経っても、勤め人は卒業できない。」などと言い切ります。

世の中のすべての価値観を鵜呑みにしないで生きている人で、本当に実践していることを書いているので、それなりの説得力があります。好き嫌いは有るでしょうが独特の文体も含め、確かに面白い本です。

でも、面白いと思って読む本で、この本を投資の参考にするのは、ほとんどの人にとって難しいでしょうね。素人が激安不動産を買うのは、大変リスクがあります。加藤氏も、自らの動きでそのリスクを緩和しているようです。
ですから加藤氏のように自分で考え、自分で動けないと、激安不動産経営は考えない方が良いですね。

そんな事をブログで書いていると、加藤氏に「そんなことでは、いつまで経っても・・・」と言われるか。

2010年9月20日月曜日

要点をつかむ能力〜坂の上の雲

私の「坂の上の雲」ブームでもう一つ。
三人の主人公の一人、秋山真之は、テレビドラマでは試験問題を予想する名人として描かれていました。海軍兵学校を首席で卒業するのですが、その能力の説明として、小説では以下の台詞を真之が発します。

「人の頭に上下などはない。要点をつかむという能力と、不要不急のものはきりすてるという大胆さだけが問題だ」
「従って物事ができる、できぬというのは頭ではなく、性格だ」

真之は、
「教えられた多くの事項をひとわたり調べ、ついでその重要度の順序を考え、さらにそれに出題教官の出題癖を加味し、あまり重要でないか、もしくは不必要な事項は大胆に切り捨てた。精力と時間を要点にそそいだ。」
という描かれ方をしています。

私もこの「要点を把握する力」は、あらゆる分野で大変重要だと考えます。「物事の本質」の捉えるという言い方もできるでしょう。新人の皆さんにとっても、新たな分野のあらゆることを学ぶ上でこの考え方がとても大事です。
司馬遼太郎はこの要点を把握する力を、真之の「性格」と言ってます。
「性格」と言われると誰にでも身につけられるものでは無くなりますが、私はこの力は有る程度トレーニングで身に付くと考えています。また、良い師匠がいれば、なお早く身に付くと考えてます。

簡単そうで難しいのは「不要不急なものを切り捨てる」という部分です。この情報社会、毎日たくさんの情報が入ってきているからこそ、何が「不要不急な情報」か分かりにくいですね。また「不要不急な情報を切り捨てる」にも、勇気が必要です。
私も情報を捨てる事は苦手なのですが、最近の私の考え方として「情報社会だからこそ、情報はいつでも手に入る」と考えて、切り捨てられない自分に納得させています。

2010年9月19日日曜日

軍艦船底の牡蠣殻〜坂の上の雲

7月初めに愛媛会に講師でお伺いしました。その際に愛媛にはなかなか行けるところじゃないと思い「坂の上の雲ミュージアム」に行って感激したのは以前ブログで書きました

と言いながら、その二ヶ月後に再度愛媛に伺うことになりました。
今回は観光の時間はまったく取れず、まっすぐ会場に行って、まっすぐ帰って来たのですが。

あれから、私の中では「坂の上の雲」ブームが続いておりました。改めて読み直すと、学生の頃読んだのとはまったく別の印象も得られます。やはり読む時の年齢や置かれた環境で、書かれた言葉の捉え方が変わるのですね。

たとえば軍艦というものはいちど遠洋航海に出て帰ってくると、船底にかきがら(牡蠣殻)がいっぱいくっついて船あしがうんとおちる。人間も同じで、経験は必要じゃが、経験によってふえる智恵とおなじ分量だけのかきがらが頭につく。智慧だけ採ってかきがらを捨てるということは人間にとって大切なことじゃが、老人になればなるほどこれができぬ。

これは秋山真之が正岡子規に話した言葉です。
土地家屋調査士制度制定60周年の年に改めて読むと、味わいが違いました。

2010年9月18日土曜日

宮内先生黄綬褒章受賞祝賀会

愛媛県の松山市の喫茶店でこのブログを書いています。
本日は、愛媛会の名誉会長の宮内大介先生の黄綬褒章受賞記念祝賀会に出席してきました。

私、宮内先生とは以前よりお付き合いさせて戴いておりました。
「鈴木くん、美味いうどんをご馳走するから松山までおいで。」などと簡単に誘う人です。
「ご馳走すると言われても松山ですか・・・」
まあ、結局お伺いしましたが。

あれは何年前でしょうか。私は飛行機代、宮内先生は高速代で一万円ほど払って、100円のうどんをご馳走になりました。
そのときは3軒ほどハシゴして、確かに全部美味いうどんでした。美味いうどんは3杯程度食べられるものなのですね。


その後お宅にお伺いしたら、地下に立派なオーディオルームがあり、とても凄いシステムでモーツァルトを聴かせて戴きました。
宮内先生は、ラリーもするし、大変趣味の幅の広い人です。
土地家屋調査士は全国いろいろな人がいて、楽しいです。


本日の祝賀会では、全国からお祝いに駆けつけた沢山の土地家屋調査士達に囲まれて、宮内先生も嬉しそうでした。
嬉しそうな顔を見るのは、こちらも嬉しいものです。


この時間、別会場で二次会が開催されていますが、私お酒に弱いので、アイスコーヒーで小休止でした。
さて、そろそろ戻ります。

仙南支部出前研修会

9月17日は仙南支部の出前研修会でした。
10月4日の仙台支部の出前研修会は、全国会長会議に参加する為に東京におりますので、参加できません。今回が私の最後の出前研修会でした。

各支部の皆さんと鑑定委員会には、時間のない中、筆界特定の研修会の中に会長の考えをお話しする時間を捻出して戴き感謝します。私も想いが有るから会長に手を挙げました。ですから会員の皆さんと、いろいろなお話をしたいのです。そんなことで各支部にお邪魔しています。

さて、仙南支部は何時お伺いしても良い雰囲気ですね。支部会員数が丁度良いのでしょう。また先輩と後輩の関係が良いですね。もちろん忘れていけないのは、管野支部長の存在です。

また、私個人的には私の小学生の頃の半ズボン姿を見られている大石さんの存在も大きいですね。仙南支部にお伺いする度に「オサムちゃんのサスペンダー付きの半ズボン姿が・・・」って必ず言われます。なんか構えないで行けるんですね。

私明日は朝早起きして愛媛に行くのですが、それを皆さん心配して「早く帰って、寝なさい。」って言ってくれたのですが、その後の懇親会も雰囲気が良いので「まだ、帰りたくない。」って半ズボンを履いている子供のようなことを言いながら、二次会まで参加してきました。

2010年9月16日木曜日

代筆屋 辻仁成

ここのところの「代書屋」繋がりで、思い出したのが、この本、「代筆屋」辻仁成著です。2004年の初版で読みました。
代書ではなく代筆となると、他人に代わり手紙を書く仕事ですね。

吉祥寺駅から井の頭公園へと突き抜ける路地、カフェ・レオナルドで代筆屋をやる小説家と、彼に代筆された手紙の物語です。

「代筆屋」によると、手紙については以下のように語られています。
それにしても手紙と言うものは不思議な伝達手段である。書いている人間の気持は必ずといっていいほど文面に出る。心配もしていないのに、心配を押し売りするような手紙を書いてはいけない。
そのような気持は封を開いた瞬間に、真っ先に相手に届いてしまう。それが手紙の一番に恐ろしいところと言えよう。
愛している気持は届くかもしれないが、同時にその幼稚さや、愛の浅さや、性格の悪さまでもが相手に届いてしまう。
手紙と言うものは、人間の心を映す鏡のような存在でもある。


それに続いて、代筆の心構えを書いています。
代筆を勘づかれてはまずいので、ーもちろん巧すぎてもいけないが、だからといって代筆を引き受けた以上、それは相手の心を動かすものでなければならず、書く時は、さりげないがキラリと光るものを心掛けた。
依頼者の環境を理解し、同時に手紙を受け取る人の気持になって〜〜


この本は、名前も知らない人への恋文、別れた恋人へ「より」を戻すための手紙、老人の遺書、等々10通のオムニバスです。
この設定で自分が代筆屋なら手紙をどう書くのだろうかと、当時代筆してみた事を思い出しました。もちろん、ここには書きませんが。

携帯メールの時代だからこそ、私、今でもたまに万年筆で手紙を書いています。皆さんも、気に入った便せんに気に入った筆記具で、手紙を書いてみませんか。
同じ人間が書いているのに、文章が変わるから不思議です。

2010年9月15日水曜日

小松陽一会員ご母堂様告別式

本日仙台支部の小松陽一会員のご母堂様の告別式が有りました。
私も参列して参りました。

告別式の中で、生前の楽しいお母さんの様子が語られて、小松さんの駄洒落(失礼)のルーツがここに有ったのかと思い、小松さんのお子さんが立派な弔辞をなされ、小松家はしっかりと教育ができていると感じました。
良い家族です。その家族の中心にお母さんがいらっしゃったのですね。
ご冥福をお祈り致します。

先日ご報告したとおり、宮城会は訃報通知の方法を変更しました。今回の小松家の訃報もメールアドレスをご連絡戴いている会員の皆様には、全員お送りさせていただきました。
宮城会では、訃報だけでなく、いろいろサービスに使う構想も有るので、まだメールアドレスを事務局にお知らせ戴いてない方は、是非メールアドレスをご連絡お願いします。
・・・と言っても、メールアドレスを持っていない人は、このブログを見ていないだろうな。

2010年9月14日火曜日

9月常任理事会

本日9月13日は常任理事会が開催されました。
その後秋葉賢也議員からのリクエストで、勉強会を開催させていただきました。私達業界やその周辺のことを勉強したいという嬉しいお話しでした。
時間は短いけれど、中身の濃い話し合いができたと思っています。

さて、常任理事会で、私がいつも大切にしていることは「共通理解」です。
お互いに情報を共有し、その情報分析を共有していれば、会務執行方針が皆共通理解になり、大抵の事態に対して無駄な議論をせずに対応できるようになります。

会議では、「報告事項」に時間を割き、その報告に至った事実は何故起こったかを背景まで説明し合います。ですからその後の「協議事項」に割く時間は、かなり少なくなりました。
できれば、その共通理解を会員の皆さんまで広げたいのです。
本当にそこまで行けたら素晴らしい業界になれると考えています。

それにしても、本日の報告事項は盛りだくさんでした。
会長報告、3副会長報告、各部5部長の報告、各種委員会報告、それに日調連理事と公嘱協会理事長からの報告が続きます。
夏が過ぎて、予想をしていたとおりなのですが、とにかく忙しくなってきました。
今日は、「報告事項」だけで、いつもより大変多くの時間を費やしました。

これからは、やらなければならない行事や会務であれば、前倒しに準備することを、理事の皆さんにお願いしました。
えっ、「世間では当たり前」ですか?
それでもね。土地家屋調査士は、私も含めて締め切りにならないと動けない種族なのです

2010年9月12日日曜日

落語「代書屋」

先日「代書屋」の話題を書きましたが、私落語が大好きです。
東京や大阪の出張で、少し時間の調整が必要なときはフラッと寄席にはいることもありますし、私のiPadの中にもかなりの数の落語が入っています。

この「代書屋」は生で聞いたことはありませんが、テレビやCDで何度も聞いています。
この噺を書いたのは桂米団治で、昭和14年頃だったようです。ですからこの噺は上方落語に噺手が多いですね。きっちりと演じた米朝、天衣無縫の枝雀等々、皆なかなか味わいがあります。

桂米団治は、本当に一時「代書屋」をやっていたようです。弟子の桂米朝によると次のような紹介が有ります。

 この「代書」といぅ噺は自分の体験を、いっ時、噺家やめて代書屋をやってたんです。
『上方はなし(kamigata-banashi)』てな雑誌を出すときに一生懸命になりまして「なんかこの時間の融通の利く、落語の仕事があったら行けるといぅよぉな商売ないか」ちゅうて。
 その時分の代書屋、今のよぉに難しぃもんやございません。国家試験やなんて、あんな大層なものはなかった。株を買えばなれましたんでね。で、やるんですけど、にわか勉強でやるさかいに通りまへんねやなぁ。
 区役所の窓口で「これ、違うやないか」「さよか」ちゅうて、書き直してもろて「また違うやないか」「あぁさよかさよか……」また書き直してもろて。
 「また違うがな、どこの代書屋へ頼んだんや?」「あそこの中濱や」「あんなとこ行ったらあかん、あんなとこ」区役所がよぉ知ってるといぅよぉな面白い人でございました。


『窓口で「これ、違うやないか」「さよか」ちゅうて、書き直してもろて「また違うやないか」「あぁさよかさよか……」また書き直してもろて。』耳が痛くないですか?

誰がやっても「代書屋」の枕は、陰気で偉そうで取り付きにくい代書屋を語ります。これが、いまだに「先生」と呼ばれる部分ですね。
以下は米朝の枕の中の最後の部分です。本題に入る直前の部分で羽織を正に脱ぐところですね。

 「儲かった日も代書屋の同じ顔」といぅのは、わたしの師匠の米団治の作でございます「割り印で代書罫紙に箔を付け」なんてな作もあるんですが、うまいこと言ぅたもんですなぁ。ホンにあの代書屋はんちゅうのは「今日は儲かったさかい」ちゅうて嬉っそぉな顔してニコニコと店番してるよぉなことはあんまりないんで、たいがい不精髭生やして陰気な顔してね。
 そこらに置いてあるもんでも、たいがい古びて錆び付いたよぉな文鎮やとか、後ろには大正時代のホコリ被った六法全書なんか並んどりましてね、でこぉ、暇なときにはコヨリを作ったりね、あんまり景気のえぇ商売やおまへん。

 この陰気そうに見せるのが、代書屋の権威付けだったのでしょう。ここに、上方で言う「ケッタイなもん」が履歴書の代書を依頼に来るのです。あまりにもケッタイなので、代書屋の権威なんか飛んでしまうところに、笑いが有る噺です。

現代の代書人の皆さん、時間のあるときに一度聞いてみませんか。



古川・登米支部合同出前研修

本日(11日)は古川支部と登米支部への合同出前研修会が有りました。私は午前中、別件で会員指導の文章を書く必要が有ったので、研修での私の出番を最後にしていただき、午後少し遅れて参加しました。(最近会員指導が増えています。困ったものです。)

古川支部と登米支部の会員の皆さんはほぼ全員参加で、今回の出前研修も大変出席率が良かったです。そして最後まで真剣に聞いていただき、お伺いした甲斐が有りました。
また、「筆界特定がこれからの重要な業務であることも理解でき、講義も面白かった。」と研修後声を掛けてくださった会員もいて、大変嬉しく思いました。

なぜ、出前研修だと出席率が良いのでしょうか。そんなに宮城県は広いのでしょうか。
もし講義が面白いと感じ、重要な事が理解できたと感じたなら、次回から仙台で開催する研修会に皆さんをお誘いください。もちろん古川支部と登米支部は研修会の参加率が比較的高い支部であることを理解していますが。

今期の各支部を廻る研修会(いわゆる出前研修会)は、宮城会の予算から考えて毎年できるものでは有りません。お金が無いと言いながら、他の予算を切り詰めても今年開催しているのは、研修会に不参加の皆さんに研修の大事さと面白さをお伝えしたいからです。仙台まで来る価値がある事をお知らせしたいからです。

他のブロックではネットによって支部に同時配信による研修会を開催している単位会も有ります。確かに全国がネットによって結ばれ、他の会が企画した研修会が全国に配信されれば、長期的に見れば、有効な研修を低コストで受講できるようになるでしょう。私自身、全国ネットのシステムだけに留まらず、履修カリキュラムと各会の分担を提案したいと考えておりました。

その反面、研修は受講者とお互いに目と目を見ながら、進めるものだとも思っています。学習の理解度を把握しながら、「それなら、こんな表現をすれば伝わるか。」と工夫するから,研修内容も伝わるものだと思っています。宮城会の会員数程度なら、一会場に集まって、お互いに顔の見える距離で、質疑応答等の双方向のコミュニケーションをしっかりしていく事は充分可能だと思います。

もう一つ、宮城会の研修会は、伝統的に平日の午後という研修日程を採っています。平日はご自分の業務でお忙しいなら、土曜日に研修会を開催しましょうか。他の会では土曜日の研修会が多いですね。または、仕事が一段落する平日17時や18時頃から開催しましょうか。皆さんの為の研修会ですから、ご意見をお願いします。

2010年9月10日金曜日

先生と呼ばれるサービス業

土地家屋調査士など資格者は「先生」と呼ばれることが有ります。

お客様の為に一生懸命にお仕事をさせていただき、その報酬を頂くのだから、サービス業と考えた方が良いと思っています。「先生」と呼ばれるから、自分でも勘違いするんだと。

何故「先生」と呼ばれるのでしょうか。
時代劇などを見ていると、食い詰めた侍が金で用心棒に雇われている場合、雇用者がその侍に「先生、奴らを斬っちまってくだせい。」などと言ってます。
侍のプライドを傷つけずに顎で使うキーワードだったのでしょう。

時代が下がり、明治になり士農工商の身分制度が消滅し、それまで威張っていた侍達は突然無職になりました。侍達は、読み書きはできるので、その中から代書屋になった元侍もおりました。
武士の商売ですから威張っていたのでしょう。現代の資格業者がこの「先生」と呼ばれるのも、おそらく代書屋の頃からの名残ではないでしょうか。

「先生と呼ばれるほどの・・・」という言葉も世間には有ります。私達が他の職業の方々を「先生」と呼ぶ場合、どれだけ尊敬の念が入っているでしょうか。心から「先生」と呼びたくなる方も実際いらっしゃいますが、ほとんどは呼称以外の何ものでも無いかも知れません。

私は24歳で開業したので、当時のお客様、つまり権利証をお持ちの方々は私の祖父ぐらいの歳でした。そのころのお客様で、今でも電話をくださる時に「オサムちゃん、居る?」って、おっしゃる方がいます。これは大変嬉しいです。

「先生」と呼ばれることに価値を見いだすよりも、研鑽を重ね、どんな時代でも本当に「土地家屋調査士」が国民の皆様のお役に立てるような位置にいることに価値が有ると思います。

2010年9月9日木曜日

残業中

私の残業中の仲間です。

中央にあるのが、最近お気に入りの「Cheeza」です。
うたい文句になるように本当に「まるでチーズをカリカリに焼いたような」味です。味は3種有るのですが、今日はチェダーチーズ味をチョイスしています。

このブログでは食べ物ネタを自粛しておりました。実際食べ物ブログを書くのは簡単で、毎日食べたものを並べて、美味い不味いを言えば良いのですし、誰にでも分かる話題ですし。
でも、今回は私の最近のお気に入りで、私の残業の友として紹介します。

スクリーンに見えるのは我が家のダックスの「ムサシ丸」君です。
フライトジャケットを着ています。
「残業はもう良いから帰っておいで。」と言ってます。

右上で私の残業を見張っているのが、鉄人28号です。
「しっかり働け。ブログを書く暇があったら、もっと仕事しろ。」って言ってます。

ほんとに、ブログなど書かずに仕事を終えて、早く帰宅し、普通に食事をすべきですよね。

2010年9月8日水曜日

葉月の会-会費未納会員の処分について

9月4日5日と葉月の会が開催されました。
昨年は高知で開催されましたが、今年は宮城県で開催されました。

葉月の会は、前回書きましたように、全国7会の任意の会長達の会議で、毎年1回集まり意見や情報の交換をする会です。何かを決める会ではないのですが、だからこそ本音で議論ができ、すごく勉強になります。

各会の悩みは、調査士故にほぼ同じ悩みだったり、会員数の違いが会費に反映されまったく違う悩みになっていたりして、それらを確認するだけでも考えさせられる事がたくさん有ります。

詳細はまた書きますが、今日は1つだけ。

各会の「会費未納者の取扱」をお聞きしました。事務処理の考え方は大変参考になりました。また退会後の未納会費の法的請求の方法も議論しました。

宮城会にも会費未納の常習者が数人います。
そのまま未納が続き、6ヶ月以上になった場合は会則84条により「みなし退会」という処分になります。

以前宮城会も、そのような会員の為に弾力的な取扱をしていましたが、本当にそれが正しい取扱だろうか疑問を感じていました。
会費未納会員には未納金額が少ないうちからお声を掛けさせていただき、あまり大きな金額にならないように気を遣わなければならないと考えます。
「みなし退会」処分にしたいのではなく、処分しないためにも早めに動きたいと考えます。

他の会の取扱も「毅然として事務的に進めるべき」という当たり前の取り扱いでした。
宮城会も、昨年財務部と総務部が連携してこの事務取扱を細かく決めました。この不況の時代、何かと支払いは大変だと思います。ただし折角有している土地家屋調査士の資格を生かせなくなったら、他への支払いもできなくなります。

この件の事務処理としては妥協無く毅然として進めますが、何かお困りの方は早めにご相談いただければ、何らかの対応はできると思います。

2010年9月7日火曜日

塩熱飴

今日は天気も悪いせいか、暑さが少し和らいだようです。

今日と昨日と2日続けて境界の立会確認をしていますが、今日は雷雨という天気予報に脅かされ、どしゃ降りの中での立会もシミュレーションしておりました。
どうしても隣接者に気を遣いますね。

昨日は暑かったですね。暑いときも隣接者に気を遣います。
隣接者と「いやあ、9月になってもこんなに暑いんですね。」なんてお話ししていました。

そこで「塩熱飴(えんねつあめ)」を取り出して勧めました。「熱さと戦う」「水分補給サポートキャンディ」ってコピーが付いています。熱中症を防ぐ飴です。

珍しいので、話題が弾み、スムーズな立会確認ができました。




商品名水分補給サポートキャンディ 塩熱飴
原材料名砂糖、水飴、食塩、ブドウ糖、クエン酸、
乳酸化カルシウム、香料、塩化カリウム、
ビタミンC、ビタミンB1
すっきりとしたレモン風味
発売者はあの「ミドリ安全」というのがビックリでした。ミドリ安全でこんなものを出しているんですね。まあ楽天市場でも買えますが。

これを舐めて水を飲むと、いわゆるスポーツドリンクを飲んだ効果が出るんでしょうね。夏が過ぎたらスポーツの際に舐めようかとも思います。

先日工事現場に置いてあるのを戴いてから気に入ってます。先入観で塩味が強いのかなって勝手に思っていたけれど、そんなことは有りませんでした。スッキリしています。
工事現場に置いてあったので「プロユースの飴」ですよ。ちょっと格好良いでしょう。

本日の仙台法務局

9月6日(月)本日の仙台法務局です。

昔々の木造庁舎(2代前)を覚えている者としては、ビックリするような立派な建物になりました。


法務局の前の道路は皆さんご存じのとおり「晩翠通」です。
この「晩翠通」は北は国道48号線(北四番丁)から、南は高等裁判所までの通りです。
「荒城の月」の土井晩翠が晩年を過ごした晩翠草堂にちなんで付けられた道路の名称ですね。

この通りは、江戸時代から昭和57年まで「細横丁」の名で親しまれていました。名前のとおり元々細かった道でした。

第二次対戦の空襲で仙台市中心部が焼け野原になった際に、幅員36メートルという今の幅の道路が完成しました。

「もう細横丁でもないし」という発想で通りの名が変更になったようです。

私は子供の頃から仙台に住んでいるので、未だに「細横丁」の名の方がピンと来ます。

やはり、「細横丁」は細かったんですね。

昔の法務局職員から、役所の窓と「細横丁」を挟んだ向かいの建物の窓との間で蜜柑を投げてやりとりをした覚えがあるとの話をお聞きしたことが有ります。古き良き時代ですね。

また「北四番町」より「北五番町」の「仙台二中」までの間の道幅が、元々の「細横丁」の幅だったんだとも聞いたことがあります。

この仙台法務局の建物で、新たな都市景観と文化の歴史が始まるんですね。

2010年9月6日月曜日

近況

9月に入ってブログのペースが落ちました。
「ある人から体調でも崩したのか?」とお声が掛かりました。
少し忙しかっただけです。

先週末から今週にかけて公式行事でこんな感じです。
9月2日(木) 周年事業の打合せ
9月3日(金) 公嘱協会総会来賓出席
9月4日(土)~5日(日) 葉月の会
9月7日(火) 法務局と非違調査士の調査委嘱の件協議
9月11日(土) 古川登米支部出前研修

これらの案件は、必ず事前準備の時間も必要です。

これを縫って自分の業務の現場(日中)と内業(夜中)をやってます。
「会長も仕事するんですか?」って聞く人がいます。
当たり前です。仕事しなかったら生きていけません。私も土地家屋調査士です。
皆さんも、土地家屋調査士の仕事をしていない(知らない)人に、土地家屋調査士の未来を語って欲しくないでしょ。

まあ、ついでにベガルタ仙台の応援も有って忙しかったのも事実です。(昨日の試合の応援だけは寝不足で行く価値は無かったですが・・)。

「会長、少し手を抜けば。」と優しい言葉を戴くことが有ります。
でも、何故会長に立候補したかを考えれば、まだまだ動き回らなければならないと思っています。
会長の名前が欲しかったわけではないし、何かするために会長になったのですから。

ブログについては、毎日書くことをノルマにしている訳ではありませんが、結局ほぼ毎日、自分の仕事が一段落した頃にブログを書いています。
無理に話題を作っている意識は有りません。毎日何かは考えている訳ですから、それをそのまま書いてます。こんな事を考えながら、こんなペースで書いていますので、気軽にお付き合いください。

また会員の皆さんからコメントやツッコミを(自己紹介欄のメールアドレスまで)戴けたら、嬉しいです。
「何故、昨日の試合の応援は価値が無かったか?」という質問メールにはお答えしないと思いますが、他の話題なら、時間のあるときはお返事もするつもりです。

2010年9月3日金曜日

長靴をはいた猫の後日談(甘利編)

先日の私のブログ「長靴をはいた猫は登記をしていなかった」でお知らせしたように、土地家屋調査士制度制定60周年イベントとして、「長靴をはいた猫」の後日談を演劇にする企画を練っています。


このブログを読んで戴いた神奈川の甘利雅雄さんから、ご自身作の後日談を送っていただきました。
今回宮城で企画しているのは、小学生を対象にしているので(できれば同行する三世代)、甘利作品は難しいかも知れません。しかし面白いので、このブログで紹介させていただきます。


皆さんも後日談で遊んでみませんか?


長靴をはいた猫 後日談」 作:甘利雅雄さん

実はカラバ侯爵の土地と言わされた翌日、数人の農民の
呼びかけで農民が一人残さず自治会館に集まりました。
何であんな事を言わされたのだろう
この土地は一体誰のものなのだろう
昔から俺たちが農地を耕して来た
先祖から受け継いだ土地を嘘つきに渡せない
農民の意見は一致しました。
時効取得を原因とする所有権移転仮登記を申請しました。
土地の法務局は事情がわかっていましたので丁寧に指導
しましたし、農民も久々の知的活動に興奮しました。
農民の中には自分の名前の綴りがわからず慌てる者や、
又貸しした為に現在の耕作者の欄の記載ができず、しょう
がなくて畑に泊まり込んで借りた農民が来るのを何日も
待つしかなくなりました。
後日、カラバ侯爵は部下に土地の登記名義を自分の名前
にするよう命じました。
王様大変です!部下のあわてた報告が届きました。
土地の全てに仮登記が付いていたのです。
たかが仮登記ですが元々王様の方も力ずくで奪い取った
土地なので正規の所有権証明がないのです。
裁判で争っても長期化するし、仮に和解で全国土を買い
取る羽目になったら国の財政が破綻します。
王様はあきらめました。
農民の仮登記を本登記とする法律の成立を認めました。

2010年9月1日水曜日

長靴をはいた猫は登記をしていなかった


長靴をはいた猫のお話を覚えていますか?皆さんに聞いてみるとあまり覚えていないようですね。もしくは、読んでいないのかも知れません。ペロー童話は若干マイナーでしょうか。
以下は長靴をはいた猫のあらすじです。(ウィキペディアによる)

ある粉引き職人が死に、3人の息子にはそれぞれ粉引き小屋、ロバ、猫が遺産として分けられた。三男が「猫を食べてしまったら、後は何もなくなってしまう」と嘆いていると、猫が「あなたがもらったものは、そんなに悪いもんでもないですよ。まず、私に長靴と袋を下さい。」と言った。そして、猫はウサギを捕まえ、王様に「カラバ侯爵からの贈り物です」と言ってウサギを献上する。
それを繰り返して王様と猫が親しくなった頃、猫は三男にある場所で水浴びをさせる。そこに王様と姫が通りがかり、猫はその前に出て「大変です、カラバ侯爵が水浴びをしている最中に泥棒に持ち物を取られてしまいました」と嘘をつく。そうして、三男と王様を引き合わせ、「カラバ侯爵の居城」に王様を招待することになる。
猫が馬車を先導することになり、道で百姓に会うたびに「ここは誰の土地かと聞かれたら、『カラバ侯爵様の土地です』と言え。でないと、細切れにされてしまうぞ」と言う。本当は、ogreオーガ)の土地だったが、百姓は王様に訪ねられると「カラバ侯爵様の土地です」と答える。そして、王様は「カラバ侯爵」の領地の広さに感心する。
そして、ある豪奢な城に着く。これは、オーガの城だったが、猫はオーガをだまして鼠に姿を変えさせ、捕まえて食べてしまう。そうして城を奪い、王様が着くと「カラバ侯爵の城にようこそ!」と迎える。王様は「カラバ侯爵」に感心し、婿になってくれないか、という。「カラバ侯爵」はその申し出を受けてその日のうちに姫と結婚し、猫も貴族となって遊びでしか鼠を捕まえなくなった。

もともと農民達の土地を、悪い魔法使い(オーガ)が一部取り上げて、その後カラバ公爵のものになります。童話はこれで終わるのですが、その後土地について問題が発生します。
実はその権利変動について、オーガもカラバも登記していなかったのです。
境界を確認し、必要に応じて分筆し、所有権移転登記をしておく必要が有ったのですね。

あの話の後の世界では、私たちの権利の有る土地はどこまでなのだろうか?と問題が発生しています。
やはり何かしたら、最後に登記まで完了しないとメデタシメデタシにはならないのですね。

表示登記制度制定50周年、土地家屋調査士制度制定60周年記念行事として、この「長靴をはいた猫」の後日談を演劇にして、11月7日に仙台法務局と共催で開催します。
今、念入りに企画を練っています。詳細は後日お知らせします。
それまで「長靴をはいた猫」を読み直して、楽しみにしていてください。

日本の首相と民主主義

日本国の首相が民主党の中の数人間の談合で決まりそうになりました。そしてまた、その数人間で調整しきれなくて選挙になるようです。
この数人だけで日本の首相を決めて良いのかについては、民主党に検証する義務と権利があります。

その民主党だけで決める権限を、前回の衆議院選挙で国民の皆で与えました。間接的に私達国民が決めたことです。結果には国民にも責任があります。
また、その民主党政権を不安定にしたのは、先日の参議院選挙です。これも同じ国民の皆で決めたことです。この結果にも国民は責任を感じなければなりません。

しかし浮動票とは言っても、国民の投票行動は、かなりいい加減に思えますね。陰で文句を言っても仕方ありません。自分達の行動にも責任を持たなければなりません。

土地家屋調査士会でも同じことが言えます。日調連会長を選ぶのは、日調連総会です。その総会には会員は直接参加できず、各会役員による代議員選挙となります。
そこでは文句を言わないで下さい。各会役員を選んだのは皆さんです。

ネットの中や居酒屋で、日調連や単位会を批判しても解決しません。意見があるなら、むしろ自分が皆の為に何ができるか考えて行動しなければなりません。

私達は、自分たちの未来を他人に託さずに、自分で未来を創るために、会社などの組織を辞めて独立してこの職業を選んだはずです。その私たちが、自分たちの未来を左右するかも知れない役員を、他人事のようにいい加減に選んではならないと思うのです。

また、選ばれた役員も会員に対して情報開示をしながら、頑張らなければなりません。
情報もただ開示すれば良いのではなく、適切な解説も必要です。会員の皆さんに理解して戴こうと頑張るべきで、会員間の意識の違いを「温度差」などと言ってお茶を濁すわけにはいかないと思っています。

宮城会は会員と同じ方向を向きたいと思います。
私達もこれまで、各種通知やホームページ、研修会の在り方など少しずつ変えてきたつもりです。そうでないと温度差は解消できないと思っています。

私も前回の総会で皆さんに選んでいただいたのです。皆さんも選んだ限り応援をお願い致します。(もちろん、充分応援して戴いている実感はあるので感謝しています。)
での応援しながらでも私達役員の動きが納得できないなら、次回総会で役員を変えることもお願いします。会員個人としても、そこまで積極的に動いて欲しいのです。
それが本来の民主主義になります。
今の時代、サイレントマジョリティでは何も変えられません。